イベントや外出の自粛などが続く状況。子どもたちの環境も様変わりしてしまった。
我が家の子どもたちは学童を利用させてもらっているが、そこで会える子以外の友達とは、なかなか会えなくなってしまった。遠方の親類や友人にも会えない。
我が家は、子どもたちが赤ちゃんの頃から図書館通いをしていたが、図書館も臨時休館となってしまった。
当たり前だった日常が、少しずつ遠のいていく。その中で改めて感じるのは、今まで当然のように思っていたことが、いかに尊い、大切なものだったかということ。
特別意識もせずに過ごしてきた環境や時間は、小さな奇跡の連続だった。
大切な人、好きな友達と会って、話をして、ご飯を食べて、自由に遊んで、笑って…
今、マスクの下に笑顔は隠れ、おしゃべりだって、以前のように顔を寄せ合ってはできない。
状況は一変してしまった。日々流れる暗く重いニュース。目に見えないものとの戦いに疲弊し、制限された活動にもストレスや不安が溜まっていく。いつこの状況が収束するのか、見通しが立たないというのは辛い。
けれど、子どもたちはというと、全く影響がないわけではないけれど、元気でエネルギーに溢れている。家の中でじっとしているだけでは、とても発散しきれない。
たとえ制限された生活の中にも、子どもたちは楽しみを見つける。
天気が良ければ、近所で縄跳びの練習に励む。雪が降れば大喜びで、雪だるま作り。
雨で外出ができなければ、自宅で紙粘土工作に熱中。時間はたくさんあるから、じっくり取り組める。DVDで映画鑑賞も――。
苦手なことを頑張ってみたり、新しい事にチャレンジしたりと、子どもたちにはプラスの変化もみられる。
私は現実を悲観したり、気持ちが沈みがちだったが、子どもたちの様子を見ていると、それではいけないと感じた。きっとこういう時だからこそ、気づけることやできることがあるように思う。
このような状況でも、自分にできることは何だろう。つい先延ばしにしていた部屋の片付けを始めたり、本を読んで過ごしたりと、これまでできなかったことをする。子どもと一緒に体を動かしてみる。縮こまっていた心が、少しほぐれたように感じた。
季節は春。本来ならお出かけなども楽しみやすい時期。けれど、今年はみんなで集まることも、遠出をすることも避けなければならない。
我が家は、春に行くはずだった旅行を中止にした。子どもたちは残念そうだったが、ニュースなどで今の状況をある程度は理解していて、納得してくれた。
きっと他のご家庭でも、予定の変更を余儀なくされたり、諦めなくてはいけなくなってしまったことがあると思う。
でも、できることをやっていくしかない。まずは、みんなの健康を守ることが大切。そのためには、思いやりと自覚をもって、一人ひとりがやるべきことを、しっかり考え実行していけたら良いと思う。
子どもたちは、以前より手洗いの習慣がしっかりついてきた。子どもながらに危機感を感じているのではないだろうか。
良い習慣が身に付く一方、これまでと違う生活、感染への心配など、子どもたちの抱えるストレスや不安を、大人はどうケアしていけば良いのだろうか。考えなければならないことはたくさんあり、先行きも今はまだ明るくはない。
けれど、この事態を乗り越えたとき、きっと平穏な日常がなにより幸せなことだと、今まで以上に深く感じられるかもしれない。
今は行動範囲が狭いからこそ、身近な自然に目を向ければ、その移ろいゆく季節をより感じることができる。毎日の通り道で、少しずつ咲き始めた花たち。鳥のさえずり。
変化に気付くこともあれば、変わらないものがあることにも思いがゆく。様々なことが自粛される時期にあっても、卒業や入学、入社などは記念すべき嬉しい出来事。さまざまな想いを胸に、それぞれが迎えた春。良い形で、みんなで助け合いながら、この困難な時を乗り越えることができたらと願う。
著者紹介
- 名前
- 円野こいし
- 性別
- 女
- 年齢
- 昭和生まれ
- 出身
- 東京都
- コメント
- 夫、小2の娘、年長の息子と熊谷に住んでいます。エッセイは初めてですが、子どもたちとの日常を綴っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。